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早くも11月ですね。

今年も残りわずかとなりました。


古来、我々の芸事の世界には、「暦の上(かみ)では12月、下(しも)では1月」という伝統があります。この言葉は、古い太陰暦の流れと芸事の実際の繁忙期、門下の昇進や名跡の継承の習慣などから生まれたものです。


以下は、この伝統の背景を説明します

1. 古来の暦の流れ:古くは、日本の暦は太陰暦(月の動きに基づく暦)を使用していました。この暦では、1年の始まりが現在の2月頃となります。そのため、元日より前の12月が「暦の上」、元日を迎えた後の1月が「暦の下」となりました。


2. 芸事の流れと繁忙期:芸能の世界では、新年に向けての準備や年末の公演などが盛んになるため、年の締めとして12月を位置づけるのが自然となりました。これにより、年明けとともに新しい気持ちで芸事に取り組むことができるとされています。


3. 門下生の昇進:歌舞伎や落語などの伝統芸能では、門下生の昇進や名跡の継承などの重要な事柄が年末に発表されることが多いです。これも12月を年の切り替えとする伝統に影響しています。


このように、歴史的背景や芸事の実際の流れに基づいて、芸能の世界では12月を新年の始まりとする伝統が形成されてきました。


この伝統を受け継ぎ、月謝袋も12月での切り替えとなるのは花柳界くらいでしょうね。

 
 
 

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