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— 衣更えと三味線 —


六月一日は「衣更(ころもが)え」。

冬の装いから夏の軽やかな姿へと変わる節目でございます。もともとは中国の風習が奈良時代に伝わり、平安の宮中では春夏・秋冬の二季制に合わせて四月と十月に行われていたとか。江戸時代には六月と十月の年二回とされ、武家・庶民にも定着しました。


衣を替えるということは、単に身なりを整えるだけではございません。

自らの心と身体に季節の風を通し、湿気と熱気を払って新たな気を取り入れるという、いわば「人の衣替え」です。襟を正し、身軽になる。そうすることで、芸にもまた涼風が吹き込むものです。


さて、もうひとつ衣替えが必要なのが「三味線」でございます。

梅雨入りも間近、湿気の魔の手がじわじわと迫ってまいります。

とくに押し入れや通気の悪い場所に仕舞い込んだままでは、皮がたちまち緩み、木がふやけ、音が死んでしまいます。


三味線は、我らの芸の身衣のようなもの。

手にとって風にあててやる、弾いて声をかけてやる、そうして初めて生き続けます。


六月――

人も楽器も、季節とともに身支度を整えること。

それが、よき芸のはじまりにございます。

 
 
 

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